技術で先行する相手を後発組が特許で追い込めるか?(知財マンが下町ロケットを読んでみた)

新技術について特許を取ったから、その新技術は独占できる?

下町ロケットではライバル同士が特許で権利行使し合ってたけど、実際に起こるの?

この記事は、そんな方に向けて書いています。

はじめまして。

2005年からの知財業界在住、サラリーマン弁理士ブロガーのパテろうです。

2015年にTVドラマにもなって大ヒットした池井戸潤さんの下町ロケット、そのテーマは特許権と言う武器を用いて中小企業が大企業を相手に戦い、夢を実現していくと言うものです。

下町ロケットの冒頭は特許の威力を示すため、主人公の佃が社長を務める技術力がある中小企業である佃製作所が競合で大企業のナカシマ工業から特許権の侵害訴訟で訴えられるストーリーから始まります。

ナカシマ工業は佃製作所への特許侵害訴訟の提訴前に特許侵害の疑いありのレターを送付しています。

その後の訴訟を勝訴に導く神谷弁護士と佃社長との最初の打ち合わせでナカシマ工業の特許は佃製作所がそれ以前に取得した特許に極めて似ているという会話がされています。

つまり、新しいコンセプトを最初に開発した佃製作所が、その出願後に創作された佃製作所の特許発明に類似する発明に係る特許で権利行使をされたことになります。

知財業界で現実にはこのようなことが起こるのか考えてみました。

◆ナカシマ工業側の問題

[特許取得の可能性]

特許出願は独占権付与の代償として出願から1年6月経過後に出願内容が公開されます。

ナカシマ工業は公開された佃製作所の特許出願公報を確認し、その後に権利行使に用いた改良発明を創作し特許を取得したと考えられます。

ここで、特許権が認められる為には、その発明が新規であること(新規性)に加えて、その分野の技術者が容易に相当できない程度の創作性(進歩性)が要求されます。

佃社長は神谷弁護士にナカシマ工業の特許自体が佃製作所の特許侵害だと言いたいぐらいだと訴えていることから、ナカシマ工業の特許発明は佃製作所の特許発明とは相違し新規ではあるものの、コンセプトが非常に良く似ていると推測できます。

進歩性の有無の判断は実務においてもデリケートな問題であるため、小説に記載された情報のみから判断はできませんが、コンセプトが類似するということはナカシマ工業の特許の特許性について、この訴訟もしくは無効審判を請求することで争える可能性があります。

特にコンセプトを最初に創出した佃製作所の実施形態を含めるように権利を取得していることから、佃製作所の実施形態周辺は相当に無理して権利化していると思われますので、佃製作所の実施形態周辺については特に無効性を争える可能性があると考えます。

特許性の有無の結論が確定するまでには通常、2~3年程度の期間は覚悟する必要はありますが、少なくともナカシマ工業が用いた特許はあまり強力では無いと思われます。

[権利行使の妥当性]

神谷弁護士の提案した訴訟戦略により、ナカシマ工業は佃製作所が先に出願した特許で逆提訴され、最終的にナカシマ工業から佃製作所への特許使用料相当額に支払いによる和解で終結しています。

そもそもナカシマ工業は佃製作所の特許の内容を研究した上で訴訟の根拠となった特許を出願していることから、佃製作所の特許の内容を知らないはずはありません。

実際の実務でも権利行使をした場合に逆に権利行使されるリスクが無いかを検討した上で権利行使を行うのが当然ですので、その点では下町ロケットの設定には少々無理があるとも感じました。

また、ナカシマ工業が財務の安全性に問題のある佃製作所の運転資金が短期間でショートし途中で有利な和解に持ち込めるというストーリーを描いていたとしても、見込みが外れて佃製作所が運転資金の問題を解決して持久性に持ち込むことが出来れば、前述の通りナカシマ工業の特許はあまり強く無く持久性に耐えうるかの不安がある事からも、佃製作所への権利行使はナカシマ工業にとってハイリスクなギャンブルだったと考えます。

また、訴訟提訴後にナカシマ工業は特許侵害訴訟をネタにしたセールストークで佃製製品のナカシマ製製品への置き換えを行っていましたが、裁判で特許侵害に事実が認められなかった場合、このセールストークは不正競争防止法の2条1項14号の虚偽の事実の流布と認定される恐れがあります。

この場合、置き換えによって与えた損害の賠償責任を問われるリスクが生じるため、通常の会社はこのようなセールストークは行いません。

◆佃製作所の問題

[特許発明の実施]

特許権者は特許発明を独占的に実施して事業を行うことができます。佃製作所の製品が自社の特許で開示された発明を実施する限りにおいてはナカシマ工業から権利行使を受けることはありませんでした。

佃製作所の実施形態が特許で開示した形態から改良を行っており、その改良した形態がナカシマ工業の特許の権利範囲に含まれたと考えられます。

ナカシマ工業の特許発明は佃製作所の特許発明とコンセプトが類似しているものの、審査では特許性が認められる程度に改良されていることを考えると、佃製作所がこの実施形態について権利化もしくは他社の権利化阻止を目的に出願しておかなかったことは脇が甘かったといえます。

[権利行使の可否]

佃製作所はナカシマ工業に対し特許侵害の逆提訴を行い実質的に勝利しましたが、実際の実務では中々、厳しい戦いであったと思います。

特許出願人は自分の特許の権利範囲を特許請求の範囲として自己責任で定めます。

ナカシマ工業は佃製作所の特許の内容を研究しているため、ナカシマ工業の製品は少なくとも佃製作所の特許の特許請求の範囲に記載された文言上の要件は満たしていない可能性が高いです。

この為、逆提訴は佃製作所の特許発明のコンセプトを踏まえて、ナカシマ工業の製品が特許発明を実質的に実施するものか否かが争われたと考えられます。

特許発明のコンセプトを踏まえて侵害を認めると特許権者の保護には有利に働くのですが、第三者は特許権が及ぶ範囲の判断が難しくなり、企業同志の開発競争を阻害するため、この様な侵害判断は非常に限定された範囲でしか認められないのが通常です。

小説では逆提訴は実質的な勝利で終わっているのですが、現実にはナカシマ工業が佃製作所の特許の範囲を相当に甘く判断しない限り、この結果になることは無いと感じました。

下町ロケットは知財を軸にしたストーリーとしては面白いのですが、同様の事態が起こるにはかなりの偶然の重なりが必要だと感じました。

特許の実務や弁理士について、もっと知りたい方はこちらの記事も参照して下さい。

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